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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

伸びるIT企業の秘密
それはWill=志の貫徹

 
 
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宮川 私は子供の頃から 「人に負けたくない!」 という気持ちが人一倍強い性格でした。勉強だけでなく、スポーツや学校生活全般においてそうでしたね。そのせいか、社会人になってから入った当時の厚生省では、そんな性格がどうも仕事に合わず、「もっとやりがいが欲しい!」 と思う毎日が続いて、厚生省を辞めました。
 
伊藤 やりがいと安定を比べて、やりがいを選ばれたわけですね。でも、公務員ほど安定した職はないのにそれを捨てるなんて、思い切りましたね。
 
宮川 やりがいを得るためには当然ですよ。それで転職した先が、大手電機メーカーでした。民間企業でIT関連に携わる刺激的な毎日は役人だったときよりも確かにやりがいを感じました。しかし、それでも満足できなかった。血筋ですかね、もっと自分の力を試してみたい気持ちが強くなり、次は独立を意識するようになったんです。
 
 

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確実に進行中!

 
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伊藤 では、大手電機メーカーを辞めてからすぐに独立を?
 
宮川 当時はまだでしたね。独立できるほどの実力がなかったですから。ただ、業種に関してはターゲットを絞っていたので、まずは中堅のソフトウェア会社に転職して4年間、下積みのつもりで様々な案件をこなしました。独立するには、人脈はもちろん、商材知識の他、販売や経営などのあらゆるスキルを身につけないといけません。それらを実地で勉強しながら、独立・起業への想いを温めていたんです。
 
伊藤 役所や大手企業と比べると、社内の人間関係の質も違っていたのではないですか。
 
宮川 そうですね。今でも覚えているのが、ある日、先輩から 「お前、ずっとそんなバカでどうするんだ!」 と言われたことです。その先輩は本当に仕事ができる方でして、当時の私に残っていた仕事に対する甘さや、いい加減な部分を見抜いていたんでしょう。それを見事に言い当てられて、おかげで大きく意識が変わりました。その方は、今現在は、他界されてしまいましたが、私はまだ、その方が他界した現実を受け入れられなくて・・・。その方は私の心の中に常に存在しています。
 
伊藤 厳しい言葉って、時には必要ですよね。それにしても、その方は、宮川社長の人生を変えるほどに大きな影響を、残してくれたのですね・・・。
 
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▲ウィルのホームページはこちら
宮川 その先輩の一言で目が覚めてからは、あらためて独立に向けて現実的な準備を始めました。そして2002年にソフト会社を退職し、個人事業の 「ウィル・コーポレーションズ」 を立ち上げて、OA機器やアプリケーションの販売を始めました。当時はとにかく必死でしたね。何でも自分で動かないといけませんし、家族もあったから利益を出して収入を得ないといけない。夢中で飛び込み営業を続けました。
 ただ、まったく苦痛はなかった。新鮮で毎日が生き生きしていました。その結果、ありがたいことにすぐに利益が出て、2ヶ月で法人化できました。税金もたくさん払っちゃ いましたけど(笑)。
 
 
 
 

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