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経営者インタビュー チャンスも困難も、すべてを楽しむ―そんな仕事人たちの経営にかける思いと哲学を、凝縮して紹介します。日々のビジネスに発見を生む、時代と自らに挑み続ける経営者の素顔がここにあります。

心理カウンセリングの部屋 産業カウンセラー 田尻健二  

 
プロフィール 北海道出身。幼少時から神経症的な症状と夢が鮮明すぎる自覚を持っていた。地元の専門学校を卒業後、就職に伴い上京。20代後半からはデザイナーとしてキャリアを積み、チーフ職も務めるが、オーバーワークから記憶障害的な症状に至りフリーランスに転向。デザイナー業と並行して心理カウンセリングの勉強をはじめ、関連資格を取得し、2005年に 「心理カウンセリングの部屋」 を開設。以来、メンタルの不調に悩む人々を助ける活動を続けている。
 
 
 
心を病む人が少なくない今、心理カウンセラーの存在が脚光を浴びている。「心理カウンセリングの部屋」 を主宰する田尻健二氏は、穏やかで優しい語り口と、自らの経験から発した病む人への深い思いやりが印象的なカウンセラーだ。一人一人の心をていねいに癒すため、10分刻みの時間設定で最長3時間まで対応し、しかも10分500円という低料金。まずは傾聴したうえで、それぞれの悩みに合った手法を用い、癒しの時間を提供している。
 
 
 

カウンセリングの道へ進んだ素地と
きっかけとなった経験

 
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インタビュアー 山本美憂(タレント)
山本 田尻先生が心理カウンセリングの道に進んだきっかけは何でしたか?
 
田尻 私自身が子供の頃から神経症的な症状に悩まされていたんです。たとえば、小学生の頃、人前で食事ができず、給食にもほとんど手をつけませんでした。また、子供の頃から夜見る夢の記憶がとても鮮明で、今も15年間夢日記を記録しつづけています。ですので、最初は夢分析から勉強をはじめたんですよ。
 
山本 私も現役時代、試合前になると減量に失敗する夢をよく見ました。私だけでなく、レスリングの選手は皆そうみたいです。減量が一番のプレッシャーなので、それが夢に出るんでしょうね。
 
田尻 夢は日常と深い関係がありますね。
 
山本 その後、カウンセラーになるまでの道のりはどういったものでしたか?
 
田尻 学校を卒業後、技術職・営業職を経た後に印刷会社のデザイン部に勤務し、約6年グラフィックデザインを手掛けました。ところが、チーフデザイナーに昇格した後、部下にうまく仕事を割り振ることができず、全部自分で抱え込んでしまいました。その結果、残業時間が月200時間に及び、ハードワークのあまり一種の記憶障害のような状態になったんです。