B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 東京都杉並区出身。高円寺パル商店街の旧・紅葉化粧品店に生まれる。IT業界に進んでからは、ロータス、ドコモエンジニアリング、京セラ系列会社などで顧客用・自社用業務システムの開発に従事。この間にITコーディネータの資格を取得し、ISOコンサルタント、プライバシーマーク審査員として、「経営に役立つIT化」の支援を中小企業向けに実施。2009年9月、実家のビルにオフィス・メイプルを設立した。
 
 
 
小説 『高円寺純情商店街』 や阿波踊りで知られる東京杉並区高円寺には、11筋もの商店街がある。全国で商店街のシャッター通り化が進む中、この街でも、各商店は生き残りをかけてしのぎをけずっている。上原正氏は、高円寺パル商店街の化粧品店の三代目に生まれたが、家業を継がずにIT業界に進み、今また20年を経て、生まれ育った地元商店街に帰ってきた。「自分を育ててくれた商店街をITで元気にしたい」 という上原氏に、お話をうかがう。
 
 
 

祖父の代から続いた元・化粧品店の三代目

 
100407_k0141_g01.jpg

インタビュアー 川村ひかる(タレント)

川村 この高円寺商店街は上原代表が生まれ育った場所だそうですね。
 
上原 はい。私の家は祖父の代からここで 「紅葉化粧品店」 を営んでいまして、メイプルという社名も 「もみじ=Maple」 にちなんでつけました。もし店を継いでいたら、私は三代目店主ということになっていましたね。
 
川村 お店を継がれなかったのは、どうしてですか?
 
上原 昔は、化粧品は流通経路が限られていて、各メーカーのチェーン店で売っていました。しかし販路が拡がり、量販店でもどんどん売られるようになった。化粧品を小売店で売る時代は終わったと思ったので継がず、ビルにしてテナントに貸し出しました。
 
川村 それで、ご自身はITの業界に進まれたんですね。
 
上原 そうです。最初はワープロ専用機のソフト開発の仕事をやりまして、その後20年ほど、ITベンダー数社で顧客用や自社用の業務システム開発に携わってきました。
 その間、ITコーディネータの資格を取り、ISOのコンサルティングやプライバシーマークの審査員など、経営に役立つIT化の支援を様々な中小企業向けに行なってきました。
 
100407_k0141_ex01.jpg

子供時代の上原氏。実家の「紅葉化粧品店」の
前にて。昔の高円寺商店街の雰囲気も分かる
貴重な一枚。

川村 それがなぜ、地元に帰ってITサービスのオフィスを開業されたのでしょう。
 
上原 自分を育ててくれた高円寺商店街の役に立ちたいと思ったからです。いま、全国の商店街が廃れて 「シャッター通り化」 が進んでいますよね。幸い、高円寺は元気があってお客さんもたくさんいますが、そこにあぐらをかいていては駄目だと思うんです。街の小さな商店であっても、利益を上げるため、生き延びるためにITが活用できるはず。私がその手助けをしようと思ったのです。
 また、私の実家と同様にテナント化が増えていますが、何でもそろう便利な商店街でなくなる可能性や、大手資本のテナントの場合は撤退も早く、「シャッター通り化」 の可能性が潜んでいると聞いています。弊社のIT化支援事業が、高円寺商店街をそうさせないためのお役に立てば嬉しいですね。
 
 
 

 


アーカイブ一覧

分野で選ぶ

バックナンバー

最新記事

話題の記事