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経営者インタビュー チャンスも困難も、すべてを楽しむ―そんな仕事人たちの経営にかける思いと哲学を、凝縮して紹介します。日々のビジネスに発見を生む、時代と自らに挑み続ける経営者の素顔がここにあります。

株式会社ワールド・パック 代表取締役 越 直人

 
プロフィール 神奈川県横浜市出身。高校在学中からモータースポーツに熱中し、大学からカーレースを始める。20歳で自動車整備販売の世界に入ったが、家業の経営を再建するため、25歳で(株)ワールドパックに入った。2008年にニ代目代表取締役に就任。以来、以前からのプルーンエキスの製造販売業に加え、雑貨や美容器具の販売及び美容整形関連のプロデュース業も展開し、着実に事業規模を拡大している。
 
 
 
株式会社ワールドパックの越直人氏は、世の二代目社長のイメージを覆す破天荒なキャラクターの持ち主だ。先代から続くプルーンエキスなどの食品輸出入・販売業を大きく育て、現在は美容器その他の分野で、確実なエビデンスのある優良商品のみ取り扱い、自信を持ってユーザーに提供している。「一度興味を持ったものは、やらないと気が済まない」――そう断言する越氏の周囲には自然に人脈が広がり、ビジネスの道が開けていく。そんな越氏の経営者像に迫った。
 
 
 

学生時代に起業
家業を継ぐ気はなかったが・・・

 
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インタビュアー 矢部美穂(タレント)

矢部 越社長はニ代目社長だそうですが、家業を継がれるまでは何をされていたんですか。
 
越 最初は父の後を継ぐ気はなくて、大学在学中にモータースポーツの趣味が嵩じて自動車整備・販売・車両製作の事業を立ち上げたんです。自分で部品を組んだ車でレースに出たりしていたんですが、目をかけて資本金を出してくださる方がいて、有限会社を立ち上げました。
 
矢部 若い頃から活動的だったんですね。自分の好きな業界ですし、業績も好調だったのでは
 
 当時はバブル絶頂期でしたからね。でもバブルで持ち上げられていただけだから、弾けた途端に落ちてしまい、24歳で業界から離れて会社も出資者にお返ししました。今は役員で名前を残している程度です。
 家業に入ったのはそれからです。母に 「会社を継いで、立て直してほしい」 と遺言されていましたから。今も母への恩返しの気持ちがあります。
 
矢部 家業に入った当時の業態はどのようなものだったのでしょう。
 
 医療機関に治療食を販売する事業だけでした。会社を継ぐ際は、「既に引いてあるレールを終わりにする気はないが、時代に合わせて自分のやりたいことをやらせてもらう」 と父に宣言して、必要な株式を買い戻して二代目の代表職に就きました。以来、実際にやりたいことをどんどんやってきましたね。