プロフィール 東京都出身。大学を卒業後、幹部層に懇願され、他業界への就職の内定を蹴って家業に入る。現場ドライバーから叩き上げ、2008年、創業約60年の歴史を背負い三代目に就任。以来、新たに製造加工業にも進出し、景気の波に沈められない業容を確立しつつ、先代以来の 「倉庫運送業の本分を守る」 姿勢で堅実経営を続ける。「私が働くのは社員と社員の家族を一生幸せに暮らせるようにするため」 と言い切る、静かな熱血漢である。
倉庫・運送業に加えて商品製造も手掛ける株式会社村山運輸。時代の波に影響されない柔軟な事業体制を確立しつつも、村山浩一社長は 「我々の本分は運送業。運送屋の本分は忘れてはいけない」 と明確な経営哲学を掲げる。「1円は1円でいい。10円にしようとは思わない」 という堅実さと 「来る仕事は断らない」 という積極さを持ち合わせた村山運輸。創業から58期を経た今、その強さの本源に迫る。
社歴は58年
家業に入ってからは23年

インタビュアー 大門正明(俳優)
大門 御社は昭和27年の創業と伺いました。長い歴史をお持ちですね。
村山 今年で58期目を迎えました。初代である祖父の頃は、トラックではなく馬で荷物を運んでいたそうです。昔の言葉で 「馬力」 と呼ばれた仕事ですね。そのうちに馬がオート三輪になり、トラックになり、現在は2t車から25t車まで、フォークリフトを含めて80台の車輌で運営しています。
大門 盛大に展開されていますね。先代はまだ、ご健在ですか?
村山 74歳ですが、まだ元気ですよ。当社の事業からはもう引きまして、今は都の業界団体の公職で忙しく飛び回っています。都の催事などで声がかかってオート三輪を走らせる際は、1台だけ記念にとってある 「くろがね」 三輪で参加しています。今の車とは操作が全く違うので、走らせられるのは先代世代の何人かだけなんです。
大門 村山社長は2008年に三代目に就任されたそうで、家業に入るまでの経緯をお聞かせください。

村山 私はちょうどバブル期に学生時代を送りまして、大学4年生の暮れには一般企業に就職が決まっていました。家の手伝いは当時からアルバイトでやっていて、年末の忘年会に出たら、父は黙って酒を飲んでいるんですが、幹部連中が私の前に来て 「就職してくれるな。社に入ってくれ」 と言うんですよ。運送業は世間的には3K職場と思われていますから、好景気の時は新人が入ってこないんです。それで私も情にほだされまして、内定を蹴って家業に入ったのです。
大門 ドラマですねえ。では、現場のドライバーもおやりになって?
村山 もちろんです。皆と一緒に一線で働きました。その後は営業やその他の職も担当して、アッと言う間に23年が過ぎました。




