プロフィール 鳥取県出身。高校時代からパソコンのプログラム関連のアルバイトを始める。卒業後、パソコン通信で知り合った縁で岡山県のソフトハウスに就職。6年間在職した。鳥取に戻って独立後、個人事業を続けるうちに仲間を得て東京に進出。(株)SIエージェンシーを設立し、事業を軌道に乗せてからは、さらに郷里の鳥取市に(株)SIAシステムスタジオを立ち上げた。同社は“学生が就職すべき、働きがいのある成長企業”を表彰する就活アワード2011を受賞している。
機動力と柔軟性あふれるシステムインテグレーションで顧客の信頼を集めるかたわら、心を癒す「マイペットブランケット」も販売展開するSIエージェンシー・グループ。“ヒトを豊かにするためのテクノロジーだからこそ、創造性溢れるハイタッチな方向で活かしたい。”社員の成長を心から喜び、地元・鳥取をこよなく愛する木原真社長のお話をうかがううち、ネットワークとは人と人との繋がりを示す言葉であったことをあらためて気づかされた。
早くから技術者として活躍

インタビュアー 矢部美穂(タレント)
矢部 企業の業務用システムやアプリケーションソフトの開発、およびWebサイト制作を手掛けるシステムインテグレーターのSIエージェンシーにお邪魔しています。ITの会社というと何か難しそうで近寄りがたいイメージがありましたが、木原社長は親しみやすそうな雰囲気の方でホッとしました。
木原 私自身が、ITはとても楽しく、面白いものだと感じていますからね(笑)。 私は、中学生の頃にファミコンなどのゲーム機を買うか、パソコンを買うか、というタイミングで、パソコンを買ってもらったことがこの世界に入るきっかけになりました。高校時代にはパソコン通信を始めて、そのうちにアルバイトでプログラムの設計書を作る仕事をして、月に16万円くらい稼いでいました。当時はIT黎明期で Windows が急速に広まる時代だったせいもあったでしょうけどね。
矢部 高校生で16万円稼ぐとは凄いですね。
木原 おかげで 「ITは楽に儲かる仕事だ」 と変な勘違いをしてしまいました。まだ何も知らなかった頃ですよ(笑)。 私は鳥取県の出身でして、鳥取の高校を卒業してもなかなか就職先がないのですが、パソコン通信で知り合った岡山県津山市のソフト会社の社長に誘われて、そこに勤めることができました。
その社長が、実に面白い仕事を取ってくるんですよ。例えば、大手レンタルショップさんが初めて導入したフォトプリント端末とか、みなさんもご存じのクレジットカードを日本で初めて使えるようにしたショッピングサイト・・・、それらを私1人で、大手システム開発会社のスタッフ10人に混ざって作ったりしていました。いま思うと無謀な社長ですよね。でも、次から次へと新しい分野の仕事をさせてもらえた経験が、新しい案件が来ても動じない姿勢になって活きています。

矢部 その実績を活かして独立されたわけですね。東京に出てこられた経緯は?
木原 6年間その会社に勤めた後、鳥取に戻って個人で1年ほどソフトハウスを続けました。その間に高校の先生の紹介で今の常務と出会い、「もう少し大きな仕事をしてみないか?」という話になったのです。仕事の当てが出来たので、東京に来ることになりました。当初の東京で仕事が確定していたのは1社だけ。そんな状態で来たわけですから、前出の岡山の社長以上に無謀ですよね(笑)。




