ページ内を移動するためのリンクです。

経営者インタビュー チャンスも困難も、すべてを楽しむ―そんな仕事人たちの経営にかける思いと哲学を、凝縮して紹介します。日々のビジネスに発見を生む、時代と自らに挑み続ける経営者の素顔がここにあります。

株式会社人材コンサルティング&カンパニー CEO 兼 代表取締役社長 宮本剛獅 プロテニス選手から金融ビジネスのトップセールスマンへと転身した宮本剛獅氏。次に選んだ人材紹介ビジネスの業界で、「人のためになる紹介業をしよう」と心に決めた。業界の健全な発展を願う宮本氏が、真情を吐露する。

 
プロフィール 福岡県出身。25歳までプロテニス選手として活躍し、引退後は金融ビジネスの世界に。モルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスの両証券会社でトップセールスの実績を残した。平成19年、20年間活躍した金融ビジネスの世界から離れると共に(株)人材コンサルティング&カンパニーを設立し、人材ビジネスを開始。エグゼクティブコンサルティングファームでありながら通常の就・転職支援ビジネスにも注力するという稀有な業態で、求人企業と求職者、および就・転職希望者から信頼を集めている。
 
 
 
プロテニス選手から周囲の勧めで金融ビジネスの世界に転身した宮本剛獅氏。大手外資系証券会社やマネーブローカー会社でトップセールスマンとして活躍するも飽き足らず、「もっと人のため、社会のために役立つ仕事がしたい」と3度目の転身先に選んだのが、人材紹介ビジネスだった。しかし、この業界では多くの会社で、求職者・求人社双方のためにならない紹介業務が行われていた。人材紹介業界の健全な発展を願い、宮本社長が自らの体験と倫理観に基づき真情を吐露した。
 
 
 

プロテニスから金融ビジネスの世界へ

 
100113_k0089_g01.jpg

インタビュアー 五十嵐めぐみ(女優)

五十嵐 宮本社長は元プロテニスプレーヤーだったと伺っていますが、スポーツから人材紹介ビジネスに転身されたきっかけは?
 
宮本 25歳の時にプロテニスプレーヤー生活にいったん区切りを付け、金融ビジネスの世界に飛び込んだのが、そもそものきっかけです。「君だったらビジネスマンとしても成功するよ」と周囲に言われて、どうせビジネスの世界に転身するならできるだけ厳しい世界に挑戦したいと思い、周囲に相談したところ、大手外資系の金融ビジネスが一番厳しいと言われ、モルガン・スタンレー証券へ就職しました。
 
五十嵐 失礼ですが、それまでに金融ビジネスの知識はあったのでしょうか。
 
宮本 全然。入社初日に五十嵐さんと同じような質問を直属の部長にされ、さらにこう言われました。「君、金融と経済分かる?」 「いえ」 「そう、困ったもんだねー。うちは金融のプロが活躍している会社だから、君のような素人さんが混じると邪魔なんだよ。なんなら今すぐ辞めてもいいよ」 と。
 
100113_k0089_d03.jpg
 
五十嵐 それはまた手厳しい歓迎でしたね。へこたれませんでしたか。
 
宮本 へこたれるどころか、私はその言葉を聞いて 「うちはビシビシ厳しく鍛えるぞ」 と言われたと思い、かえって奮起しました。
 それで、毎朝4時に起きて経済の、昼休みは英語の、夜は会計学校で金融・会計の勉強を死に物狂いで続けました。周りは東大やハーバード大卒のエリートばかりでしたから、そのぐらい必死にやらないとついてゆけなかったのです。そうして入社5年目にトップセールスの成績をあげ、ゴールドマン・サックス証券に転職しました。こちらでは入社初年から退職まで4年間、ずっとトップセールスとして社員平均の10倍の成績を上げていました。