プロフィール 東京都出身。幼少時より数字ないし計算に強い興味を示す。父に勧められたことと、高校時代にアルバイト先で公認会計士と知り合ったことで公認会計士を将来の職業に決め、大学の理工学部に在学しながら会計士試験を目指し、20歳の時に初挑戦で合格(当時最年少記録)。卒業後は監査法人勤務を経て大学院で経営管理学を学び、さらに監査法人などで実務経験を積んだ後に独立開業。現在は自ら飲食店を経営し、実地のノウハウを会計業にも活かしている。
約300社の中小・中堅企業や上場企業などに向け、税務・会計指導と経営アドバイスを提供する立野経営会計事務所。「攻めと守りの両面から、痒いところに手が届く経営アドバイスをしてくれる」と顧問先から信頼を寄せられる事務所である。だが、立野晴朗所長は今日の信頼を獲得するまでに、職業会計人としての挫折、苦悩、専門性を磨くための挑戦など、幾多の修羅場を潜り抜けてきた。その過去を振り返り、いま、立野所長が目指す会計事務所業とは――?
コンピュータに強い公認会計士を目指した

インタビュアー 石野真子(女優)
石野 立野所長が公認会計士になろうと思ったきっかけは何だったのですか。
立野 私の場合は幾つかきっかけがありまして。1つは、子供の時からとにかく計算が好きだったことですね。数字を見ると本能的に暗算してしまう癖があったのです。ルートの計算も暗算でしていたほどです。それで、小学生4年生の時の東京都の算盤大会で、特訓もしないまま3位になりました。
石野 都内で3位とは、かなりのものですね。
立野 それで大学教授だった父に 「お前は公認会計士に向いているかもしれない」 と言われまして。父のこの一言が、その後も胸の奥に残っておりましたね。
その後、高校2年生の頃です。私はスーパーでアルバイトをしておりまして、アルバイト先で偶然、公認会計士の先生と知り合いになりました。その先生はアルバイト先の税務顧問か何かだったと思うのですが、雑談交じりに公認会計士の仕事の話を聴いているうちに、父の一言が自分の中で蘇ってきまして。公認会計士の仕事に本格的に興味を持ち、自分なりに本を読んで調べまして、「この仕事ならやりがいがあり、他人との競争が苦手な自分の性格にも向いている」と思い、公認会計士になる決心をいたしました。
石野 では、大学も商学部に進まれたわけでしょうか。
立野 普通はそうだと思うのですが、私は少し違いました。当時はパソコンが普及しはじめて、いわゆる「高度情報化社会」が云々されていました。それで私は、公認会計士の仕事も将来はコンピュータを駆使するようになると直感して、「コンピュータに強い公認会計士になろう」と思ったのです。コンピュータであれば私の得意な数学も生かせますから。ですから大学は理工学部に進み、コンピュータを基礎から勉強しつつ、公認会計士試験の合格を目指しました。あの時は、自分の脳内のメモリにどんどん情報が蓄積されていく感覚でしたね。そして1回目の挑戦で合格。私は20歳の大学3年生でした。これは当時の会計士試験合格の最年少記録です。




