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経営者インタビュー チャンスも困難も、すべてを楽しむ―そんな仕事人たちの経営にかける思いと哲学を、凝縮して紹介します。日々のビジネスに発見を生む、時代と自らに挑み続ける経営者の素顔がここにあります。

第一医科株式会社 代表取締役社長 林 正晃 First のブランドとともに、全国2000軒に納入実績を持つ耳鼻咽喉科専門の医療機器メーカー、第一医科(株)。いま、医師と患者との距離を真に縮めることのできるエキスパート集団へと、いっそうの飛躍を期する。

 
プロフィール 東京都出身。旧・日本医科器械工業(株)から独立した第一医科(株)を経営する家に生まれ、大学院を卒業後は製薬メーカーに3年間勤務。事業を継承すべく家業に入った後は製造から営業まで各現場をみっちり経験し、2005年12月、二代目代表取締役社長に就任した。耳鼻咽喉科領域への専門特化という経営方針を堅持しつつ、独自の視点から臨床医師と患者とのリレーションを強化する新たなビジョンを展開。医療業界の注目を集めている。
 
 
 
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創業から半世紀を超える歴史の中で、「First」のブランドとともに、全国約4500軒の耳鼻咽喉科医療機関のうち実に2000軒に納入実績を持つ医療機器メーカー、第一医科(株)。その重みを受け継いだ林正晃社長が視野に描く企業ビジョンは、医師と患者との距離感を真に縮めることのできる、耳鼻咽喉科医療機器のエキスパート集団への飛躍だった。いま真摯に語り出される、新しい医療サービス業への姿勢と展望に、耳を傾けてみたい。
 
 
 

現場の先輩たちの背中を追った修業時代

 
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インタビュアー 五十嵐めぐみ(女優)

五十嵐 第一医科さんは1953年創業の医療機器メーカーで、半世紀以上の歴史があるとお聞きしています。林社長のお父様がお創りになられた会社ですか?
 
 はい。いま、本社ビルの裏に当社の製造所がありますが、そこが以前は居宅でして、私もその家で育ちました。
 
五十嵐 歴史を感じますね。事業をお継ぎになるということは、既にその頃から決まっていたわけですね。
 
 父はそのつもりだったと思いますが、実は私が最初に就職したのは製薬メーカーでした。学生時代の先輩が製薬メーカーでMRとして活躍されていまして、非常に優秀な方で憧れていたのです。それで就職を相談して採用されたのが、社会人としてのスタートとなりました。
 ところが、実際に製薬メーカーのMRをしていますと、お客様であるドクターに会うことがなかなかできません。でも、医療機器メーカーの営業担当者は私たちを素通りして簡単にドクターに面会できてしまう。それだけ信頼されているわけです。それを見て初めて、父が素晴らしい事業をしていることに気付きました。

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文京区にある本社ビル・外観。
 
五十嵐 家業を継ぐことを決意されてから、最初に先代から教えられたことは何ですか。
 
 メーカーを継ぐからには物づくりを知らないと話にならないということで、まず製造所で機器の製造をみっちりとやりました。当社の医療機器や治療具は種類が多く、メスやピンセットの類だけで2000種類を超えますので、名前を覚えるだけでも大変です。
 製造に慣れると次は営業ということで、大阪営業所や九州、四国地区の営業を担当し、合間には父の社長業も手伝いながら、あっという間の10年間を送りました。ようやく会社の全体像がつかめた2005年12月、正式に二代目代表取締役社長に就任しました。