プロフィール 神奈川県出身。中学時代のマウンテンバイクから始まり、高校時代はミニバイクのレースに出場するなど、乗り物好きな青年時代を送る。専門学校で整備士の資格を取得し、(株)ヤナセに就職するも組織が合わず営業マンに転身。営業ノウハウを身につけたところで中古車売買の個人事業を始めた。その後、顧客に求められショールームをオープン。現在は四輪バギー、トライク、電動スケートボードなども販売し、関連商品も扱う。

横浜にある「くるま情報館」は中古車のみならず、四輪バギー、電動スケートボードなど斬新な “乗り物” を集めた、乗り物好きにはたまらないショールームだ。経営する池島耕太郎氏の信条は「好きなこと・面白いことを仕事にする」。子どもの頃から生粋の乗り物好きだった池島氏が試行錯誤の末に見つけた道は、自らの好奇心のアンテナを世界中に張り巡らせ、“面白い乗り物” をいち早くユーザーの手元に届けることだった。
組織の枠に捉われず、
自分が納得したものを販売したい

インタビュアー 鳥居かほり(女優)
鳥居 こちらのショールーム「くるま情報館」にはバギーなど一風変わった乗り物がいろいろと展示されていますが、池島社長はもともと乗り物がお好きだったんですか?
池島 好きでしたねぇ。中学の頃は自転車が好きで、山梨県のキャンプ場へ行くのに僕だけ主催者に申し入れてマウンテンバイクで行ったりしてましたね。高校になるとバイクです。ミニバイクのレースをかじってみたり。今もやってますよ。
鳥居 山梨まで自転車で! すごいな~(笑)。高校を卒業した後は、どんな進路に進みましたか。
池島 専門学校に進学して、国家資格の2級整備士免許を取得しました。すでに高校時代から、友人の壊れたバイクを買って修理して自分で乗ったり、友人へ転売したり、エンジンの載せ換えやパーツの取り替え、色の塗り替えなどもやっていたんですけどね(笑)。
鳥居 機械いじり、好きな人は本当に好きですよねぇ。
池島 ええ。このショールームのテーマも「大人のオモチャ」ですから(笑)。
鳥居 専門学校を卒業した後は?

池島 クルマの基礎をしっかり学ぼうと、ヤナセに入社しました。ヤナセでは整備を担当したんですが、組織の縛りを感じて2年で退社しました。「あ、これは向いてないな」と思ったんですね。
鳥居 自由人なんでしょうね。それからどうされたんですか?
池島 自動車整備士は一種の職人です。僕も職人の常として、人と話すのが苦手だったんです。それなら営業を勉強してみよう、営業の仕事をすれば変われるだろうと考え、クルマとは全く関係ない学習教材の販売や、生活用品や不動産の営業職を経験しました。学習教材の販売は完全歩合給料制で、売れなければ給料はゼロだったんですが、僕は熱心に教えてくださった上司のおかげで毎月平均80万円以上、最後の月給は135万円でした。22歳のサラリーマンとしてはかなりいいですよね。商品が良くて、学生時代なら自分も欲しかっただろうと思えるものだったから売れたんだと思います。
その後、不動産の営業に転職したんですが、東京は地価が高い地域だと、狭い家でも軽く1億円以上するんですね。でも僕の中では「1億円なら豪邸じゃないとおかしい」というイメージがあって、自分がいいと思えないものは売れないと思い、3ヵ月で退職しました。




