プロフィール 神奈川県横浜市出身。高校を卒業後、ホテルと飲食店への勤務を経て26歳で起業。日本に入ってきたばかりの宅配ピザと串揚げ店を手掛け成功する。さらにベネチアングラスのショップを始めたところでバブル経済が崩壊に向かい事業が倒産。再起を期して(株)ハウスポート湘南に入社し、不動産業界でのキャリアをスタートさせる。順調にステップアップを重ねた末の1996年4月、先代の逝去に伴い代表取締役に就任。現在に至る。
住宅仲介一筋に30余年、堅実経営を続けるTHR住宅流通グループ。関東圏内に10社を数える支社のうち、横浜を拠点に展開するのが(株)ハウスポート湘南だ。“家の港”という社名のとおり、平成2年の創業から累計で5000件以上を取り扱い、年間取扱高は150億円に迫る。たくさんの人々の「マイホームを持ちたい」という夢に耳を傾け、少しでも良い物件に巡り会っていただきたいと語る佐藤公伯社長に、お話をうかがった。
再起をかけて不動産業界に飛び込んだ
古くからの欧米文化の玄関口である横浜で、佐藤氏も青春を謳歌した。
写真は山下公園。
私は「この仕事に自分の職業人生をかけよう!」と思える仕事に出会うのが遅かったほうだと思います。高校時代はラグビーに打ち込みましたが、3年生の時に腰を傷めてラガーメンの夢を諦め、卒業後はホテルに就職しました。当時はディスコやプールバーと一緒にアメリカの若者文化が横浜に入ってきた頃で、ホテルに3年間勤めてサービスの基本を勉強した後はそれらの店で働き、厨房業務や接客スキルを身につけ、自分の店を持つつもりでお金も貯めていました。まあそれも、今思うと浮ついた覚悟でしたね。

その頃にハワイ帰りの友人から話を聞き、私はいずれ宅配ピザが日本に入ってくると見越しまして、イタリアンピザを持ってこようとイタリアに視察に行ったのです。そのときにベニスでベネチアングラスの美しさに感動しまして。帰国後はピザの店と、串揚げ店も開き、安定したところで念願のベネチアングラスのショップをオープンしました。
そこに襲ったのがバブル崩壊です。思ったように商品は売れず、事業は倒産。私も借金を背負いました。自己破産を勧められるくらいの額でしたが、法的には破産すれば済んでも、人様にご勘弁いただける話ではありません。考え抜いた結果、自己破産は踏みとどまり、何とかして返しきる道を選びました。そのときに人生の再起をかけて飛び込んだのが不動産業界です。平成2年4月、私は30歳になっていました。




