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経営者インタビュー チャンスも困難も、すべてを楽しむ―そんな仕事人たちの経営にかける思いと哲学を、凝縮して紹介します。日々のビジネスに発見を生む、時代と自らに挑み続ける経営者の素顔がここにあります。

株式会社 シィー 代表取締役 西尾雅道

プロフィール 大阪府出身。高校時代からゲームセンターに通いつめ、都内の大学に在学中もゲームセンターでのアルバイトに熱中。退学して就職するに至る。自分のゲームセンターを持って独立して以降は照明や店内レイアウトの工夫で新機軸を打ち出し、世のゲームセンターのイメージを覆す独自の経営を実現した。2004年前後からダーツの興隆に合わせダーツマシンを導入。東京と愛知にダーツショップを構え、女性ファンも取り込み着実に経営している。
 
 
 
家庭用ゲーム機の普及で減少傾向にあるゲームセンター。景況の厳しいアミューズメント業界にありながらゲームセンター経営で培ったノウハウを活かし、ダーツに特化したショップ経営で好業績をあげているのが(株)シィーである。オンライン対戦システムの導入はもちろん、おしゃれなイメージで女性顧客の取り込みにも成功。同社の西尾雅道社長とビジネスパートナーである野崎裕一店長に、お話をうかがった。
 
 
 

大学を中退し、大好きなゲーム業界へ就職
 

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インタビュアー 矢部美穂(タレント)

矢部 西尾社長のご出身と、アミューズメント業界と関わることになったきっかけからお聞かせください。
 
西尾 私は大阪出身で、高校卒業まで大阪で育ちました。ゲーム業界との出会いは、セガのゲームセンターでアルバイトをしたことですね。私は団塊ジュニア世代でして、中学校も20数クラスありました。人数が多いから競争が激しいし、大学を出ても大した会社に勤められないと思っていましたから、「何がやりたいか」「将来の夢は何か」と聞かれても答えられませんでした。何がやりたいかなんて、やってみないと分からないじゃないですか。
 
矢部 確かにそうですよね。ゲームは、最初からお好きだったのですか?
 
西尾 大好きでしたね。昼ごはん代を削ってゲーム代に当てていたほど(笑)。好きが高じてアルバイトを優先するあまり大学を四年で中退してしまい、親や親戚からものすごく怒られました。それだけゲームセンターでのアルバイトが楽しかった。だから就職したのもゲームセンターでした。
 
矢部 独立されるきっかけは何だったのですか?
 
西尾 あるゲームセンターのオーナーから「店をやらないか」とお話をいただいたのを機に会社を辞め、仲間と会社を作ったのが平成13年です。当時はゲームセンターというと、暗い、不良のたまり場的なイメージがまだまだありましたから、私は店をできるだけ明るくして、小学生の女の子が走り回っているような雰囲気に変えました。
 
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右:ダーツショップVIKING蒲田店 店長 野崎裕一
矢部 具体的には、どのように変えられたのでしょう。
 
西尾 照明の数を増やして、ゲーム機の間をベビーカーで通れるようなレイアウトにこだわったんです。それにより劇的に客層が変わりました。
 当時、ゲームの景品を卸す会社にいたのが野崎さんです。私は現場育ちで仕入れについてはズブの素人。野崎さんにいろいろ教えてもらったおかげで、仕入先もずいぶん広がりました。