プロフィール 東京都出身。商社勤務から食品輸入業に転じた父と、タイ料理研究家の母の間に生まれる。大学を卒業後、アメリカとタイに留学。現地でタイ料理の商材としての可能性に気付き、家業に入ってからは「タイの台所」などのヒットブランドを次々に企画。日本にタイ料理を普及させるのに大きく貢献した。2004年、二代目の代表取締役社長に就任。現地法人を持つ強みをフルに生かし、巧みな事業展開を続ける。
メーカーと商社を兼ねた業態で、物価の安いタイで製品を作り、欧米や日本で各国のマーケットに即した商品にして売る。(株)アライド コーポレーションの戦略は明快かつ周到だ。現地に法人を置くことで多方面のリスクをカバーし、利幅の大きい事業展開が可能になる。著名なタイ料理研究家の母からはタイとタイ料理への造詣を、商社出身の父からは国際感覚を受け継いだ氏家勇祐社長は、タイ語と英語を自在に操りアジア料理を世界に広める。
“日本人による、日本人のためのタイ料理”への工夫

インタビュアー 高橋かおり(女優)
高橋 御社は氏家社長のお父上が設立され、86年から本格的にタイ料理の食品の輸入卸業を始められたそうですが、その頃はまだタイ料理は珍しかったですよね。
氏家 はい。当社が本格的に事業を稼動させ始めたのは1986年です。当時はタイ料理はごくマイナーな料理でした。そもそも日本がアジアの文物に目を向けるのはバブル景気が退潮してからです。90年代半ばから、やっとタイ料理がいろんなところに出てくるようになりましたね。
高橋 ご自身は、何がきっかけでタイ料理に惹かれたのですか?
氏家 21歳のときにタイに留学しまして、現地の物価との差を経験して「これは日本に持ち込めば商売になる」と思ったのです。「安く買って高く売る」という商いの原則が実践できるのではないかと。タイ料理は仕込みがないから扱いやすい商材なのも魅力でした。何より、おいしいですからね。
高橋 特に女性は好きな人が多いですよ。日本に広めるための工夫は、先代がされたのですか。

「タイの台所」のペナント。カラフルな唐辛子が並ぶ楽しいデザインだ。
氏家 小売での工夫を始めたのは私の代からです。たとえばこの調味料はタイ語で「鶏肉の付けだれ」と書いてあるのですが、この字面を見た時点で日本人は拒絶反応を起こすでしょう。それで私が、日本で売るためのパッケージや商品を開発して、当社の看板ブランドである「タイの台所」というブランドを立てたのです。
高橋 商品を開発する際に一番考えたポイントは何でしたか?
氏家 “一回ぶん使いきり”の商品にすることが一番でした。食をマーケティング的に考えると、万人に受け入れられる商品というものはありえません。それよりも潜在的なヘビーカスタマーの確保が大事です。特に日本人は、初めての物を買うときのリスク意識は世界トップクラスです。何だか分からないものへの警戒感がすごく強い。そのハードルを越えるには「使い切り」という要素はマストだろうと考えました。そのうえで、一回でちゃんと気に入ってもらえるよう、失敗しない料理法もバッチリ書いて、具材も日本人向けに変えて売り出したのです。




