株式会社 RYコーポレーション 代表取締役 横山藤雄
スタッフと顧客のための
飲食発・感動創造企業
急成長の末のダメ出し
あの再出発があるから今がある

高橋 横山社長ご自身は、経営者としてどのように成長してきたのでしょう。
横山 実家がもともと精肉卸業を経営していまして、最初は私も精肉の小売から始めました。高校を卒業して、埼玉県内に焼肉店を展開する精肉販売会社に就職し、仕入れから販売まで一通り経験して20歳で最初の店を、21歳になると社内で一番大きい店を任されました。その後も仕入れ担当や商品・販促企画を担当し、最後は商品部の部長まで任せていただきました。
短期間で管理職に上げていただいたのは、気持ちの強さでは誰にも負けなかったからでしょう。その会社は25歳で退職し、個人的に思うところがあって、次に(株)天池に転職しました。関東圏内に34店舗を展開する精肉デベロッパー会社です。そちらでも複数店舗のマネージャーや大型店舗を任されまして、ここでの経験や人脈が今も私の大きな財産になっています。その環境を与えてくださった天池の大島社長には非常に感謝しています。そして2006年末、満を持してRYコーポレーションを立ち上げました。今はかつて私が育てた部下が当社の幹部社員になってくれています。
高橋 20歳で店長!早いですね。ご商売をされたいという気持ちは、いつから持っていたんですか?

横山 小学校高学年からです。起業という目標に最短ルートで到達したかったから大学にも行かず、高校を出てすぐ働きました。ただ、母からは公務員を薦められましたね。「商売は皆が休んでいるときに働くし、大変だよ」と。自営業の家系に嫁いだ母の本音だったのでしょう。もちろん私も、楽でないのは分かっていました。でも、自分で何かをやる人間になりたい気持ちはそれ以上だったんです。
あと、周囲の期待にも押されました。私は茨城が地元です。子供の頃からの友人には、家業の都合などで田舎にとどまった者が少なくありません。地元を出るときは「俺たちのぶんも広い世界を見てきてくれ」と言われました。「それで成功して帰ってくるときは、お前の理想の店づくりを、俺たちに手伝わせてくれ」と。私は、その期待に応えよう、彼らにステイタスに思ってもらえるような人間になろうと思って、同世代の若者が遊んでいるときもひたすら上を目指して頑張ってきたんです。

高橋 そんなドラマがあったんですね・・・。では、1店舗目はまず地元に出店されて?
横山 実は天池に移る前に独立を考えまして、実家の近くに店を出すつもりで物件も決まりかけていたんですが・・・止めました。経験や人脈を増やしてからにするよう、周囲や家族から助言されたんです。「今のお前のまま店を持てば一店舗で終わるぞ」と。ようするにダメ出しですよね。確かに、経営資源の面でも周囲の皆様との関係の面でもまだまだ未熟だったことが、今ふりかえると分かります。商売というものは様々な方々のご協力やご支援があってはじめてやっていけるものなのに、当時の私は天狗になっていました。あのとき戒めてくれた人たちには本当に感謝しています。
そこから再出発して、あらためて経験を積ませていただき、2006年末に起業しました。そして2年と10ヶ月が経った今度の9月25日、社としての10店舗目になるGABURI SHAREが六本木にオープンしました。レストランウェディングからヒントを得てウェディングの要素を取り入れた野心的な店です。社としても今回を節目に位置づけています。これを機に茨城や千葉にも展開します。今度こそ、地元の皆に恩返しをしたいですね。



