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経営者インタビュー チャンスも困難も、すべてを楽しむ―そんな仕事人たちの経営にかける思いと哲学を、凝縮して紹介します。日々のビジネスに発見を生む、時代と自らに挑み続ける経営者の素顔がここにあります。

K-STYLe 株式会社 代表取締役 久米 輝

イベントスタッフはタレント
ステージで輝くように働こう!

森下 では、ギタリストの道はそこですっぱり・・・。
 
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久米 はい。やるからには半端なことはしない、そう考えて、ギターは完全に置くことにしました。でもね・・・その晩は居酒屋で一人で飲んで、号泣しましたね。店員さんが心配になって見に来たくらい。(笑)でも、それでケジメが付けられたと思います。人生の大部分をギターと過ごしてきて、思い入れがあるぶん、今ではギターを見ると悲しくなってしまいます。昔の彼女と会う気分、って言えばわかりやすいですかね。
 だからギターを置いて以来、一度も触っていません。今でもたまにスタジオミュージシャンでやらないか?と誘われることもありますが、お断りしています。
 
森下 没頭されてきたぶん、激しいケジメの付け方をしなきゃいけなかったんでしょうね。
 
 

挫折の連続、苦悩の日々

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森下 それでビジネスマンに転身されて、スタートは順調でしたか。
 
久米 それが、まったくダメでした。最初に入ったのがスパルタで有名な営業会社。自衛隊のような体育会系で、「契約を取ってナンボの世界」です。成績が上がらなかった私は、上司から人間性まで否定されることもよくありました。「君が生きている意味がわからないよ」とまで言われて・・・。きつい毎日でした。帰って家のドアを開けると崩れ落ちるように泣いてしまったことも多々ありました。
 
森下 辛い思いをされたのですね。その仕事はどのくらい続けたのですか?
 
久米 1年でしょうか。しかし振り返ってみると、あの会社で働いたからこそ今がある。あそこに行かなかったら、今事業などしていないと思います。意味のない自信があのときに徹底的に崩されて、自分自身が新しくリセットされた感じでした。
 
森下 1年経って会社を退職されて、その後は?
 
久米 同じく営業職で、次の会社に転職しました。「また営業?」と思われるかもしれませんが、もともと性格は明るいんですよ(笑)。しかし転職しても、成績は良くならないままでした。ただ、その会社の製品を売り歩いているうちに、あることに気付きました。「今までステージ上で自分を売り込むのは得意だったのに、いつの間にか商品を売っているだけになってしまっている」と。
 それからは変わりましたね。「商品はともかく、まずは自分を売り込もう」そう考えるようになってからは自然と成績が上がり、精神的にも楽になり、だんだんと「営業の仕事は楽しいぞ!」と感じるようになりました。この時から、ビジネスがまさしく「自分のステージ」だと思い始めたんです。
 
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森下 以前とは別のステージで、スポットライトを浴びる快感を再発見できたんですね。良かったです! でも、そこからイベント業への繋がりは?
 
久米 イベントディレクターになっていた高校の同級生がいまして、ある時、土日だけでも仕事を手伝ってくれないかと頼まれたのです。ただ、その時はあまり気乗りがしませんでした。営業の仕事が順調で、そちらに集中したかったせいもあります。でも、彼が「オマエは仕切り屋のタイプだから、きっと向いてるぞ」とおだててくれて、それに乗せられてしまって(笑)。それからは、平日は営業、土日は新米のイベントディレクターという生活が始まりました。
 
 

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