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経営者インタビュー チャンスも困難も、すべてを楽しむ―そんな仕事人たちの経営にかける思いと哲学を、凝縮して紹介します。日々のビジネスに発見を生む、時代と自らに挑み続ける経営者の素顔がここにあります。

株式会社 アベジュエリー 代表取締役 阿部 浩道  

プロフィール 東京都出身。宝飾品製造・販売業のアベジュエリーの二代目として生まれ、アパレル業界を経て家業に入る。代表を継いでからはいちはやく業界の情勢を見極め、ブライダルジュエリーに特化し、ラインナップにイタリアンテイストを取り入れるなど独自色を打ち出した。2009年7月、銀座にオリジナル商品を多数そろえたセレクトショップをオープン。小売販売の現場から積極的にアイデアを吸い上げ、企画・製造の場面から時代に即した商品展開を続けている。
 
 
世界的ブランドの旗艦店が建ち並ぶ銀座地区に、この夏、ブライダルジュエリーのセレクトショップ「アネリ・ディ・ギンザ」をオープンさせた(株)アベジュエリー。50年以上の歴史を持つジュエリーの製造・卸会社がブライダルに特化し、小売店として銀座に進出した背景にはどのような勝算があるのか? 好不況の波を受けやすいジュエリー業界において、長い不況期を乗り切ってきた阿部浩道社長が語る、現在のブライダルジュエリー事情とは?
 
 
 

30歳で事業を継ぎ、
ブライダル商品に着目

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インタビュアー 森下千里(タレント)

森下 アベジュエリーさんは1956年の創業で、もう半世紀以上の歴史があります。社長は二代目でいらっしゃいますか?
 
阿部 はい。私の父である先代が指輪やペンダントなどを製造加工するジュエリークラフトマンでして、その流れで創業しました。
 
森下 御社は、その当時から銀座にあったのでしょうか。
 
阿部 いいえ。もともとは御徒町の、当時“ジュエリータウン”と呼ばれていた地域にありました。宝飾品の製造業者さん、職人さん、輸入会社、卸会社などが集まっている地域で、今でも業界の企業が多いですよ。
 
森下 そして事業を継がれたのが、平成7年。
 
阿部 そうです。私がちょうど30歳になったときに父が急逝しまして、後を継ぎました。平成7年は阪神・淡路大震災があった年で、バブル崩壊後ジリジリと悪化していた景気がさらに悪くなり、その後の金融恐慌へと続く時代でした。景気が下り坂の厳しい時代に経営者としてスタートしたわけですが、逆にバブル期にスタートするよりは良かったのかと、今では感じています。
 
森下 いきなり経営の荒波に投げ込まれた感じだった思いますが・・・
 
阿部 ええ。その前の5年ぐらいは父のもとで修業ができたんですが、経営者としては全く用意ができていない状況でしたからね。ただ、その頃にはもう、「ブライダルジュエリーをやりたい」という方向性を持っていました。当時、私が若かったこともあって、いちばん目線や感覚の近い商品がブライダルジュエリーだったんです。ミセス向きのハイジュエリーを若い者が販売するのも悪くないんですが、お客様から見ればどうしても違和感がありますから。
 
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森下 自分がつけたことがないジュエリーを売っても、お客様への説得力がないでしょうし。
 
阿部 その点、ブライダルジュエリーはベテランのバイヤーさんから「今の若い人って、どういうのが好きなの?」と逆に相談されることもあり、年上の営業の方とも対等に競える分野でした。そもそも景気が下降線で、普通の高級品は難しい。その当時は団塊ジュニアが結婚適齢期直前で、ボリュームのあるターゲット層も控えていたことから、ブライダルジュエリーを始めたのです。
 
 

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