プロフィール 高校卒業後、川崎市と長崎市の鮨店で修業。その後、銀座の老舗が横浜に新規出店する際、オープニングスタッフとして横浜店に勤務。30歳のときに「飲食業よりも魅力的」と不動産業に転身し、転職3ヶ月目にして賃貸仲介業務でトップの売上を達成するなどして活躍する。その後、売買仲介業務を中心に、相続、債権処理、資産運用等、不動産業務全般を総合的に手がけ、独立を期して退社。今年2月、(株)ツインホームを設立した。
何もない原っぱに駅ができ、宅地が造られ、商業施設が集まり、公園に子供たちが集まり、人の生活が息づき始める。新しい町が生まれるその様子をつぶさに眺められる事業。お客様との長い付き合いの中で口コミで新規のお客様を紹介され、人との繋がりが増えていく事業。それが不動産業だ。㈱ツインホームの普久原千秋社長は「これほど魅力的な商売はない」と断言する。普久原氏が思う不動産業の魅力と醍醐味について、聞いた。
30歳で鮨職人から不動産業に転身
インタビュアー 高橋かおり(女優)
高橋 普久原社長はご経歴が変わっていますね。若い頃は鮨職人だったとか? どんなきっかけで不動産業界に転身されたのですか。
普久原 鮨職人として最後は銀座の有名な老舗の鮨店に勤めていたのですが、鮨屋は自分で店を持たないと儲からない商売なんですよ。私も当然自分の店を持つことが目標でしたが、諸事情があって断念することになり、次にどんな仕事をしたらいいのか、自分で考えたり親戚や周囲の人たちに相談したりしていました。そのときに、鮨店での私のお客様で不動産会社の方がおられて、「飲食業よりも面白いよ」とアドバイスをいただきまして。それが転身のきっかけでした。今から20年前、30歳のときでしたね。
高橋 飲食業から不動産業。それにしても思い切った転身ですよね。
普久原 右も左もまったく分からない業界だったから苦労しましたね。不動産業界は鮨職人の世界と同じで、完全に個人の能力主義なんです。「仕事は盗んで覚えろ」ということで、入社して賃貸仲介の仕事についても、誰も教えてくれない。最初の2ヶ月はひたすら先輩社員の仕事を見ていました。当時、1人当たりの平均売上は月に80~100万円でしたが、私は当然ゼロです。ところが、3ヶ月目と4ヶ月目に2ヶ月続けて月300万円の売上を達成して、社内のトップになってしまったんです。
高橋 いきなり大活躍ですね!ご自分なりに工夫されたことがあったのですか?




