プロフィール 和歌山県出身。立命館大学を卒業後、銀行に11年間勤務。後半6年間は経済産業省所管の第三セクターに出向し、各種企業支援に従事。2002年、その間に培ったノウハウをもとに経営コンサルタントとして独立した。以来、東京を拠点として全国に活動を展開。平日は東京で働き、週末は家族の待つ和歌山に帰る日々を送る。
形にならないものをなかなか評価しない日本人。経営コンサルティングという仕事は、形にならないサービスの代表格かもしれない。しかし、自己利益の範疇を超えて「なんとか助けてあげたい」という気持ちで継続されたコンサルティングは、口コミで評価が伝わり、着実に人脈を広げ、やがて磐石の信頼関係を築きあげる。
実務支援のゼネラリスト
山川 Re-viveという社名から、経営コンサルティング会社としての姿勢がよく伝わってきますね。

インタビュアー 山川恵里佳(タレント)
鈴川 ありがとうございます。私が企業再建や資金調達などのコンサルティングのノウハウを蓄積したのは、地元・和歌山県の第三セクターである産業高度化支援機関 (株)和歌山リサーチラボに、銀行から出向で勤務していた頃でした。私は京都の大学を卒業後、将来的に自分で起業する際の勉強もできると思って銀行に就職しましたが、銀行ではどうしても、手掛けられる業務の範疇が限られています。その点、半官半民の第三セクターでは自分発で仕事を開拓する余地がたくさんあり、出向中の6年間は非常に充実して働きました。その間に各専門家やコンサルタントの皆さんからノウハウを吸収し、顧客との人脈も築くことができました。
山川 具体的には、当時、どのような業務を多く手掛けられましたか?
鈴川 いろんな業務の中で、人材育成の研修や事業の新規立ち上げのコンサルティング、資金調達支援などが多かったです。資金調達では専門である銀行からの借入の他、国の補助金や助成金の制度をフルに活用しました。当時の経済産業省は情報通信系企業の支援に力を入れていましたが、私は経済産業省に限らず厚生労働省や農林水産省の補助金も利用しつつ、比較的どの分野も手掛けました。
山川 銀行に勤めて企業支援をされていた際と比べ、経営者の反応はどう違いました?
鈴川 非常に喜ばれました。他人資本であり返済を要する銀行借入に比べ、補助金や助成金は基本的に貰い切りです。その点が、財政基盤の脆弱な新規企業や中小企業には特にありがたいのです。銀行時代は融資の営業をしながら「もっと企業のためになるやり方はないか」と常々考えていましたが、補助や助成を活用するやり方を覚えるにつれ、私自身、以前より自信を持って皆さんと向き合えるようになりました。そのことが自分でも非常に嬉しいです。

山川 企業経営者の、頼もしい相談役ということですね。
鈴川 そうです。しかも私の場合、助言に留まらず各機関との橋渡しや推進事務局的な役割まで担います。経営コンサルタントには専門家が多い中で、豊富な実務支援の経験を活かしてゼネラリスト的に機能できる点も自分の強みだと考えています。




