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6、単式簿記の限界 ―日々の取引から誘導する貸借対照表・損益計算書作成の必要性―

 
 この拾い上げ計算でやっと 「じゅん正樹」 氏の損失の原因が判明しました。単式簿記では、原因別計算をするためには、簿記組織の 「外」 で、つまり個々の取引に遡って拾い上げて別個に行わなければいけないのです。複式簿記に慣れた人からすると、二度手間という感じはすぐにつかめていただけているはずです。単式簿記は利益の原因計算というより、財産の管理が主目的です。これは地方公共団体の予算編成の持つ機能とも関連してきますので結果としての利益の原因別把握よりも財産管理が主目的になることは当然かもしれません。現金ベースの予算統制と会計には限界があり、それを補うものとして出納整理期間、特別会計、基金、予算の繰越など様々な手法が出現しています。
 これらの問題への対応をするためにも、そして現役世代と将来世代の間での受益と負担の調整という問題を考えるためにも、複式簿記によって成り立つ企業会計の素晴らしさを認識しなければなりません (世代間調整の問題については、本稿 vol.6 「政治家・役人に告ぐ!孫の世代にツケを残さない企業会計の手法を知ろう ―減損会計―」 をご覧ください)。
 
 話を戻します。単式簿記の何が問題なのかというと、勘定への帳簿記録をすることによって組織的・自動的・継続的に損益の原因別計算をする仕組みがあらかじめ用意されていない点です。
 さて、先に示した単式簿記による帳簿には現金、貸付金、借入金、未払金といった実体勘定 (又は実在勘定real account) しかありませんでした。これに名目勘定 (nominal account) たる損益勘定が登場して、すなわち複式簿記が登場することによって、貸借複記の取引となるのです。実体勘定から名目勘定が発生していく過程については vol.20 「釣銭の計算方法と複式簿記の関係 ―複式簿記って素晴らしい その3―」 をご覧ください。
 貸借複記? 名目勘定? 話がややこしくなってきましたか?
 先月号の仕訳を思い起こしてください。
【仕訳1】は 「お好み焼屋のゆうちゃんから5千円借りてきて、、」 でした。これを複式簿記で仕訳すると 「(借方)現金 5000円 /(貸方)借入金5000円」 となります。この場合の現金勘定と借入金勘定は実体勘定です。
【仕訳2】は 「全部パチンコで5000円負けてしもたから、、、」 です。これを複式簿記で仕訳すると 「(借方)パチンコ遊興費5000円/(貸方)現金5000円」。この場合のパチンコ遊興費勘定が名目勘定 (損益勘定) となります。
 
 

7、なぜ、公会計に複式簿記なのか?

 
 財産増減の原因を示す収益費用の勘定である名目勘定が出現した過程は、前掲 vol.20 で説明しました。ひとつの取引、つまり財産の増減には原因と結果の両面の事実があるということの気づきから、やがて名目勘定が出現し、この原因と結果の因果関係を同時に把握する方法・技術を体系化し、損益計算書と貸借対照表を同時に作成できるようにしたのが、複式簿記です。単式簿記の場合、結果としての財産計算はできても、その原因計算をするためには、単式簿記の計算構造とは別に、わざわざ前頁のような 「拾い上げ計算」 をしなければなりません。しかし複式簿記は、結果計算と原因計算を同時に、自動的にできる仕組みが組み込まれているのです (その計算のやり方は、本稿 vol.10 と vol.11 をご覧ください)。
 複式簿記の本来的特質は、実体勘定の損益の結果計算に加えて、日々の取引を貸借複記で同時に記録し続けることにより、損益の原因計算が自動的、組織的、継続的に行えるシステムが前もって準備されているという点にあります。vol.10 や vol.11 で説明した貸借平衡の原理や自己検証能力、そして訴求可能性・説明容易性といった複式簿記の特長も、この本来的特質から導き出されるのです。
 
 
 いやはや、あちこち寄り道しながら複式簿記のすばらしさを説明するのに2年もかかってしまいました。そして複式簿記であるからこそ、収益や費用の認識に、実現主義やら発生主義の考え方が当然に出てくるのです。このあたりをご理解いただくには、今までの拙稿では、まだまだ説明不足の点があるかもしれません。vol. 8vol.9 「『はい!お会計です』 という声に会計士は何を考えるか?―収益の認識あれこれ その1-2―」 も、そのことを意識して書きました。そして予算準拠主義の弊害と、別途併存する 「出納整理期間」 への問題提起をも、意識していたのです。
 
 そして本当に私が言いたいのは、「公会計にも日々の継続的取引の記帳の段階から複式簿記を導入する必要がある」 ということです。そして 「財務書類の作成には総務省方式改訂モデルではダメだ」 ということも、断固として言いたいのです。
 
 
この点を含め、続きは6月号であらためて詳述します。次回  「公会計に複式簿記を! その3」  をお見逃しなく。 
 
 
 

 プロフィール 

渡辺俊之 Toshiyuki Watanabe

公認会計士・税理士

 経 歴 

早稲田大学商学部卒業後、監査法人に勤務。昭和50年に独立開業し、渡辺公認会計士事務所を設立。昭和59年に「優和公認会計士共同事務所」を設立発起し、平成6年、理事長に就任(その後、優和会計人グループとして発展し、現在70人が所属)。平成16年には、優和公認会計士共同事務所の仲間と共に「税理士法人優和」(事業所は全国5ヶ所)を設立し、理事長に就任。会計・税務業界の指導者的存在として知られている。東証1部、2部上場会社の社外監査役や地方公共団体の包括外部監査人なども歴任し、幅広く活躍している。主な編著書に、加除式三分冊『一般・公益 社団・財団法人の実務 ―法務・会計・税務―』(新日本法規出版)がある。

 オフィシャルホームページ 

http://www.watanabe-cpa.com/

 
 
 
 

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