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社会 伊東乾の「知の品格」 vol.16 時間軸に照らせば 「ヘイト」を笑う知の品格(5) 伊東乾の「知の品格」 作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

社会
 
 
 
ヘイトを巡る国内での話題を目にして、私が特に思うのは「時間的島国根性」ということです。
 
隣国人とりわけ朝鮮半島にルーツを持つ人々に愚かしい悪罵を投げかけて一過性の溜飲をさげるというのが「空間的な島国根性」であるのは一目瞭然でしょう。しかしそれ以上に重要の病は時間の感覚が希薄、というか、ない。しかも自分の足元が見えていない。
 
そもそも「日本人」なんてものがいつから存在していると思っているのか、大いに疑問に思います。
 
 

高々100年強の産物:日本人

 
言うまでもなく、日本という国が現在に直結する近代国家の体裁をなしたのは明治以降のことで、それ以前に「日本人」全体を扱う戸籍のようなものは存在していません。
 
歴史を振り返ってみましょう。古くは律令制度が成立し、文書主義が始まった奈良時代から、徴税台帳としての戸籍は存在していました。が、それはあくまで国衙(役所)が税金を取れればよい単位であって、漏れもあれば、まったく書類に記されることのない民衆も決して少なくなかった。そうした人々に仮に「あなたは日本人か?」などと尋ねたとしても「?」と何のことやら判らなかったのは火を見るより明らかなことです。
 
本居宣長や平田篤胤を挙げて国学を言うことはできます。しかしその時代の日本列島に住む大半の人口は農民で、彼らの大半は識字しなかった。西欧の荘園について用いられ、日本国内では利用がためらわれる言葉ですが「農奴」というのがほぼ正確な実態を現す言葉だったのではないかと思います。
 
彼ら彼女らは、自分が何々村の人間だ、といったことは理解しているでしょう。あるいはそこが何の国か(例えば甲斐とか信濃とか)、あるいは何藩か(津軽とか会津とか)など知っているかもしれない。でも「日本人」という意識が行き渡っていたとは到底言いがたい。
 
ではいつからそれが徹底したのか・・・学制・徴兵令が敷かれ、日清・日露戦争以降に普及した、ほぼ20世紀の概念であると言ってよいように、個人的には思うのです。
 
 

百年前の蔑笑囃し歌

 
皆さんはこんな歌をご存知でしょうか? 一種の<しりとり>になっている、100年ほど前の子供の遊び歌と思います。調子のいいリズムをつけて歌うのですが、こんな歌詞なんですね。
 
「陸軍の
 乃木さんが
 凱旋す
 すずめ
 めじろ
 ロシヤ
 野蛮国
 クロバトキン
 金玉
 マカーロフ
 ふんどし
 締めた
 たかじゃっぽ
 ぽんやり
 り り 李~鴻~章~の はーなぺちゃ
 ちゃんちゃん坊主の首とって
 ていこく万歳 大勝利」
 
私はこの歌を大正生まれの母から教わり(キンタマはキン*マとして教わった!)、母の兄である伯父からも聞いたことがあります。歌の中に出てくる乃木さんは乃木希典、クロバトキンやマカーロフはロシアの軍人、李鴻章は清国全権、こうした人々の名を「ふんどし」や「きんたま」といっしょに侮蔑しあざ笑う子供のざれ歌、囃し歌で、A村の子供が隣のB村の悪口を言っているのと変わらない、極めて幼稚な意識のものと言えるでしょう。
 
歌われている内容や人名から察するに、1905年の日露戦争より後で1911年の辛亥革命より前に作られた歌ではないかと察せられます。伯父は1923年、母は1926年の生まれですから、彼らの幼児期にはすでに四半世紀ほど経過していたと思いますが、日露戦勝利から太平洋戦争敗戦までの、勘違いした帝国期日本の幼稚さを典型的に現した歌の一つと思います。
 
いまから103-109年くらい前の、太郎作村と次郎作村の間の「あっかんべぇ」みたいなこの囃し歌と、昨今のヘイトの間に、一体どれほどレベルの差があると言えるでしょうか? そしてその、高々100年の遠近感が見えない、時間見通しの悪い島国根性を、どれほど自覚しているのでしょう?
 
  (この項了)
 
 
 
 
 伊東乾の「知の品格」
vol.16 時間軸に照らせば 「ヘイト」を笑う知の品格(5) 

  執筆者プロフィール  

伊東乾 Ken Ito

作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

  経 歴  

1965年東京生まれ。松村禎三、松平頼則、高橋悠治、L.バーンスタイン、P.ブーレーズらに師事。東京大学理学部物理学科卒 業、同総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環助教授、07年より同准教授、慶應義塾大学、東京藝術大学などでも後 進の指導に当たる。西欧音楽の中心的課題に先端技術を駆使して取り組み、バイロイト祝祭劇場(ドイツ連邦共和国)テアトロコロン劇場(ア ルゼンチン共和国)などとのコラボレーション、国内では東大寺修二会(お水取り)のダイナミクス解明や真宗大谷派との雅楽法要創出などの 課題に取り組む。確固たる基礎に基づくオリジナルな演奏・創作活動を国際的に推進。06年『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗っ た同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞後は音楽以外の著書も発表。アフリカの高校生への科学・音楽教育プロジェクトな ど大きな反響を呼んでいる。新刊に『しなやかに心をつよくする音楽家の27の方法』(晶文社)他の著書に『知識・構造化ミッション』(日経 BP)、『反骨のコツ』(団藤重光との共著、朝日新聞出版)、『指揮者の仕事術』(光文社新書)』など多数。

 
(2014.12.17)
 
 
 

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