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社会 伊東乾の「知の品格」 vol.4 学位の品位はどこに(2) 伊東乾の「知の品格」 作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

社会
 
 
早稲田大学大学院に提出された「博士」の学位請求論文に、他人の既存業績が無断盗用されて、結果的に不正な論文で学位が詐取されていた問題を、引き続き、品位をもって考えて行きたいと思います。 
 
いわゆる「STAP細胞」騒ぎのなかで、実はより根が深い本質的な問題なはずなのに、マスコミがきちんと報道しないのは、博士とか修士といった学位が何であるか、社会がきちんと認識していないことが大きな一因と思います。では「修士」とは何なのでしょう?
 
 

「新たな創造に寄与できる」マエストロ

 
日本語で修士と呼ばれている『マスター』以上の「学位」は、大学の「学部」ではなく、大学院から授与されます。 
 
そこでまず『マスター』とは何かを考えてみます。これをイタリア語で言えば「マエストロ」私たち音楽家の間では「巨匠」を指す言葉ですが、日本語に訳せば「親方」ということになります。 
 
欧州では中世から職人の専門組合があり、英語では『ギルド』ドイツ語では『ツンフト』などと呼ばれます。そこで、仲間内から一人前の「職工」に認められたり、職工たちを束ねる「親方」に承認されたりしたわけですが、この親方が「マイスター」「マエストロ」に他なりません。
 
また中世の大学では、これに当たるものとして「マギステル magister」という学位がありました。これは綴り字をよく見ていただければ判ると思いますが、実はmagic 魔術という言葉と通じています。私たちはマジックというと手品師を想像しますが、中世のマジシャンは『魔法使い』――お伽噺で活躍し毒リンゴを持ってきたりする、不思議な能力を持った人々に通じているわけです。
 
現在『修士』と言われるマイスター、マエストロ、マギステルは、一人前の専門家として通用する『学士』たちを束ねる「親方」が原義で、単に過去から伝わる技術を伝承するのみならず、現在その分野で新たに創出される仕事に一通り通じた「シニア・プロフェッショナル」でなければなりませんでした。 
 
これが学士なら、たとえば漱石のような英文学であれば、古典的な英文学全般に通じ、それを講じることができれば十分だった。ところがマエストロになると、その分野の先端全般に通じ、たとえば「博士論文の理論編」程度のものは自在に書き下ろせなければならない、そういう能力が必須不可欠な「学問上の資格」つまり学位だったわけです。
 
早稲田大学の詐取学位論文で「理論編」に相当する部分をまるまるコピーペーストしたことが問題になっていますが、これは実は博士論文のレベルで問われる仕事ではありません。修士課程の段階でこの能力が身につかなければ、そもそもマエストロの学位を与えることはできません。つまり、他人の業績のレビューを含む理論部分を、人様の書いたものに頼るという時点で、この筆者は本当は修士の学力も実は持っていないことがバレてしまうのです。
 
学部卒=学士なら「その分野の古くからある内容を一通り勉強して身につけ、人に教えることもできる」レベル、修士であれば「その分野の最先端の一領域について一通りを勉強して身につけ」「先端業績の一つについて、独自業績でなく追試等でもよいので、実際に手を動かして知的生産したもの」に対して、元来は「マエストロ」つまり親方、修士の学位が発給されていたのです。
 
この審査基準は、日本であれば東京大学を初めとする研究大学の大学院で、現在でも本質的には共有されていなければならないものなのですが、21世紀の現実はどうなっているでしょう?
 
どうも25歳程度で「修士終了」という若者たちに「親方」マエストロの風格があるような気はしませんね(笑)。でも、仮に風格はなくとも、きちんと自分が専門とする先端分野に通暁することは十分できるはずです。少なくとも、そうした内容を「他人の書いた総説からまるまるコピペ」などという体たらくは、あらゆる知の品格に照らして成立しないのは確かです。
 
さて、ではこの『マエストロ』より更に上位に来る「博士」ドクターとは、元来どのようなものだったのでしょう? また21世紀の大学院で「博士号」に求められる知の実力そしてその品位品格とは、どのようなものなのでしょうか?
 
(この項つづく)
 
 
 
 
 伊東乾の「知の品格」
vol.4 学位の品位はどこに(2) 

  執筆者プロフィール  

伊東乾 Ken Ito

作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

  経 歴  

1965年東京生まれ。松村禎三、松平頼則、高橋悠治、L.バーンスタイン、P.ブーレーズらに師事。東京大学理学部物理学科卒 業、同総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環助教授、07年より同准教授、慶應義塾大学、東京藝術大学などでも後 進の指導に当たる。西欧音楽の中心的課題に先端技術を駆使して取り組み、バイロイト祝祭劇場(ドイツ連邦共和国)テアトロコロン劇場(ア ルゼンチン共和国)などとのコラボレーション、国内では東大寺修二会(お水取り)のダイナミクス解明や真宗大谷派との雅楽法要創出などの 課題に取り組む。確固たる基礎に基づくオリジナルな演奏・創作活動を国際的に推進。06年『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗っ た同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞後は音楽以外の著書も発表。アフリカの高校生への科学・音楽教育プロジェクトな ど大きな反響を呼んでいる。新刊に『しなやかに心をつよくする音楽家の27の方法』(晶文社)他の著書に『知識・構造化ミッション』(日経 BP)、『反骨のコツ』(団藤重光との共著、朝日新聞出版)、『指揮者の仕事術』(光文社新書)』など多数。

 
(2014.6.18)
 
 
 

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