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Amazon読み放題で電子書籍業界に変化?

 
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国内最大の電子書籍提供元であるアマゾンジャパンが今月3日、日本市場で定額読み放題サービス「Kindle Unlimited」を開始した。利用料金は月額980円、提供されるのは書籍やコミックの旧作が大半だが、新作や人気作も一部含まれるという。米国では2014年から開始しており、2016年時点で100万冊以上が対象となっている。
 
電子書籍の市場規模は2015年、前年比31.3%もの伸びを記録した。ジャストシステムが行ったアンケート調査では、電子書籍の利用に「あまり関心がない」「利用するつもりはない」という層ですら、4人に1人が同サービスの上陸をきっかけに「電子書籍利用に前向きになった」と回答した。
 
アマゾンジャパンは参加を求めて出版各社と積極的な交渉を進めており、講談社や小学館などの大手も参加予定だ。携帯キャリア各社やネット企業が手がける同様のサービスに比べてコンテンツ数や漫画以外の書籍の充実度が大きく上回ると予想され、「Kindle Unlimited」は日本の出版業界に新風を吹き込む可能性がある。
 
 

取次依存で澱む国内出版業界

 
風を受ける国内出版業界の空気は長らく澱んでいる。ピーク時の1996年に2兆6564億円あった書籍・雑誌の売り上げは以降右肩下がりを続け、2015年には1兆5220億円に落ち込んだ。
 
若年層の読書離れが理由とされるが、調査データバンクサイト「レポセン」が行ったアンケート調査を見ると、実は「読みたい本がなかったから」という回答がほとんどの年齢層で2番目に多い。
 
そうなるのは、再販売価格維持制度と委託販売制度によって守られてきた「出版社→取次→書店」という書籍提供の定型的な流れによる部分が大きい。当初は「言説の多様性を確保するため」として、小規模の出版社や書店を守る目的で維持されてきた制度だが、現在ではその意義も形骸化している。制度の恩恵を受けた取次が本来の職務である流通の枠を越えて、出版社のキャッシュフローを支援し、配本を掌握することで、業界で大きな権限を持ったためだ。本づくりにも隠然たる影響を及ぼすようになっており、筆者も書籍制作の現場でしばしば編集者が「その内容では取次が受け付けないかも」と言うのを聞いた。
 
『セブン-イレブンの正体』(週刊金曜日)という書籍の配本をセブン&アイ・ホールディングスの元会長、鈴木敏文氏が取締役を務める取次のトーハンが拒絶したり、『東電・原発おっかけマップ』(鹿砦社)も拒絶されたりするなど、言論の多様性の確保より、むしろ規制に向けて制度が働く例が増えている。つくり手を卸が規制すれば書籍がおもしろくなくなるのは当然で、結果として読書離れが進んでいる面は大きい。
 
 

出版社は「Kindle Unlimited」を神風とする取り組みを

 
出版社と直接取引する「Kindle Unlimited」は澱んだ出版業界には“暴風”にも“神風”にもなり得る。まず定額読み放題なので、再販価格維持や委託販売といった既存制度を意識せず書籍を提供できる。反面、取次からの財政的な支援は期待できなくなる。
 
また、書籍づくりで冒険がしやすくなるのは大きなメリットだ。現状はまだ市場規模が小さいため、書籍のデジタル化には印刷や製本、配本に要するのと同等のコストがかかる。しかし、市場が大きくなれば、制作コストの低下が在庫や返本リスクがないもともとの優位性とあいまって、本づくりのリスクが激減する。「ペイするかどうか」を常に意識させられてきた現場にとって、これ以上の朗報はない。
 
例えばビジネス書の制作では現状、200ページ以上のボリュームが必須だ。それより薄いと背表紙のタイトルが見えなくなるためだ。この厚みをクリアするべく、ビジネス書では特に、内容を水増しした書籍が数多く見られる。だが、電子書籍なら、内容が充実した全50ページの書籍を制作できる。用語や類書にリンクを張るなど、多面的な読み方をサポートできるのも電子ビジネス書の強みだ。その他、料理やDIYなどのノウハウ本なら、音声や動画での説明が埋め込められていると非常にわかりやすくなる。
 
 

取次、書店には新たな展開が求められる

 
取次各社は、現在も書籍のデジタル化業務を担っている。「Kindle Unlimited」が成功すればさらに仕事が増えそうだ。その中で、より読みやすいデザインの工夫やデータを軽くする工夫など、電子書籍の普及を妨げている問題点をクリアする技術を開発できれば、日本の取次会社が国内のみならず世界市場で活躍することもあり得る。
 
電子書籍化は潜在的な市場も多い。文部科学省は2020年にもデジタル教科書を導入する方針で、2015年度に52億円だった教育用タブレットの市場規模が、2020年度には2120億円になるとの予想もある。
 
そういった趨勢にあって、書店は存在意義を失うだろうか? しかし、“読者と本がリアルに出会う場”としてのリアル書店の価値はいささかも衰えることはない。変化に対応した新たな展開が求められるだけだ。
 
その1つがサービス業としての展開だ。すでに都市部の大型店舗ではカフェとの融合が人気を集めている。会員制のサロンを設けるなど、文化交流施設としてのサービスを提供するのもおもしろそうだ。
 
小規模店舗の場合、北海道砂川市の「いわた書店」の「1万円選書」のようなコンシェルジュサービスが生き残り戦略の1つではないか。これは書店主が顧客の好みなどに合わせて1万円分の書籍を選び送付するもので、まさに“本屋さん”が知識と経験で切り拓く活路と言える。
 
電子書籍はブログなどネットコンテンツとの差が小さいアイテムであり、定額読み放題はさらにその差を極小化する。無料のネットコンテンツに対し、有料分の価値を示せなければ、電子もアナログも、書籍は支持されない。素人が容易に出版できる電子書籍の市場が拡大する中、書店も含め、出版関係者はプロとしての意地が試される時代がやってきそうだ。
 
 
 
(ライター 谷垣吉彦)
 
(2016.8.5)

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