脚本家/日本チャップリン協会会長 大野裕之 第7回
“完全独立系” の元祖
ところが、チャップリンの芸歴を見てみると、面白いことが分かる。
チャップリンは、1914年2月、24歳のときに 『成功争ひ』 でキーストン社から映画デビューを果たした。このときのサラリーは週給150ドル。それまで所属していた英国ミュージック・ホールの劇団の倍だった。
デビュー間もなくして、人気者となったチャップリンは、翌年エッサネイ社に週給1250ドルの条件で移り、さらに翌1916年にはミューチュアル社と週給1万ドルの契約をし、この時点で世界最高のサラリーをもらう俳優となっていた。
ここまでなら単なるサクセスストーリーであるが、実はこのときにチャップリンは当時の俳優が考えもつかないことを行っている。ミューチュアルと契約をかわす前に、「チャップリン音楽出版社」 を設立し、自作の権利を管理した(これは、その名の通り、チャップリン自作の音楽楽譜も3曲出版した。『喜劇王は音楽家になりたかったが、楽曲が売れなかったので挫折した』 という記述をたまに見かけるが、実際のところは権利ビジネスを管理するために兄シドニーが設立したという側面が強い)。また、ローンスターフィルム社という映画製作会社も設立している。すなわち、まだ雇われの身だったが、まずは映画製作に関する権限は完全に確保して、芸術創作の自由を獲得することにつとめたのだった。
さらに、1918年には 「チャップリン撮影所」 を設立して、完全に独立する。こうして創作の自由を確保し、『犬の生活』 など私たちがよく知るところの 「心優しい放浪紳士チャーリー」 が登場する傑作映画を撮り続けることとなる。
芸術への自由さと、自分への厳格さと
その秘密の一端は、残された膨大なNGフィルムにある。チャップリンは、ささやかなシーンでも何度も撮り直した完璧主義者だった。筆者は、1980年代に発見された彼のNGフィルムをすべて見ることができた世界で三人のうちの一人であるが、聞きしに勝る完璧主義者ぶりには驚きを通り越して、見ているこちらが疲れるほどだった。面白い演技でも、作品のテーマやストーリーに関係がなければ容赦なくカット。製作途中でセットを建て替えたり、配役を変更したり・・・ 何度も撮り直す過程で、差別的なギャグや性的なギャグはカットされ、世界中の人々が心から笑えるギャグを求めて苦闘していたのだった。芸術的自由をはき違えた独りよがりに陥ることのない、厳しい自己検閲を経て世に送り出された傑作群は、今も世界中の人々を笑いと涙の渦に巻き込む。(詳しくは、拙著『チャップリン・未公開NGフィルムの全貌』NHK出版をご参照あれ)。
執筆者プロフィール
大野裕之 Ono Hiroyuki
脚本家/日本チャップリン協会会長/劇団「とっても便利」作曲・脚本・演出担当
経 歴
1974年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。専攻は映画・演劇学、英米文化史。チャップリンの未公開NGフィルムをすべて見た世界で三人のうちの一人。チャップリン家の信頼もあつく、研究者として国際的に活動。著書に『チャップリン再入門』『チャップリン・未公開NGフィルムの全貌』(いずれもNHK出版)、『チャップリンの影~日本人秘書・高野虎市~』(講談社)など。他にミュージカル劇団「とっても便利」の作曲・脚本・演出家として、『美しい人』(アリス賞受賞)、『ミュージカル・スターは夢を見る・・・』などの作品を発表。2008年には新歌舞伎座・御園座で松井誠特別公演の演出を手がけるなど多彩な活動を展開している。2007年にイタリアのポルデノーネ国際映画祭特別賞受賞。
テレビ出演等
『知るを楽しむ ~チャップリン なぜ世界中が笑えるか~』(NHK)/『徹子の部屋』(テレビ朝日)/NHKラジオ第一放送『ラジオビタミン』レギュラーゲスト出演中
オフィシャルホームページ
http://www.tottemobenri.com とっても便利
http://chaplinjapan.com 日本チャップリン協会
http://ameblo.jp/onohiroyuki/ 大野裕之オフィシャル・ブログ「大野裕之・不完全版」



