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ビジネスコラム 経験的ノウハウと専門的知識、そして専門家だからこその独創的な視点。月ごとのテーマに即した特集の他、各分野のエキスパートが、ビジネスに活用できる「知」と新たな視野を提案します。

脚本家/日本チャップリン協会会長 大野裕之 第6回

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 前回、チャップリンの物まね芸人に対しての 「物まね差し止め裁判」 について書いた。この裁判を起こしたのは、チャップリンの異父兄シドニーである。
 シドニーは弟と同じく、舞台の喜劇俳優出身。1920年代まで映画俳優としても活躍し、「ガッスル」 というキャラクターのシリーズで、そこそこのヒットを飛ばした。日本でも1930年代に 「スカート」 という作品が、当時の 「エロ・グロ」 ブームに乗ってヒットしている。
 
 同時に、彼は天才の弟のマネジメントを担当し、チャップリンがデビュー3年目の1916年に、ミューチュアル映画社とのあいだで週給1万ドルという当時では天文学的な契約を結んだやり手のビジネスマンだった。新しいもの好きで、アメリカで最初の定期航空会社 「シド・エアライン」 を開設した実業家でもある(ほとんど知られていない事実だが、チャップリンの兄はアメリカ航空産業の礎を築いた)。

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チャップリン・キャラクターのイースターエッグ
 映画作りに没頭する弟は、ひとたび撮影が始まると他のことには目もくれない。チャップリン家の倉庫には、兄から弟へのおびただしい電報類が保管されている。―― 「ねえ、チャーリー、来週はお母さんの誕生日だよ。二人の名前でお祝いの電報を送ろうよ」。―― 喜劇王は仕事となると、大切な母親の誕生日も忘れてしまう。そんなことまでケアする兄だった。
 裁判で弟のキャラクターの著作権を世に認めさせた “実業家” シドニーは、今度はそのキャラクターを使って、おそらくは、世界で初めての著作権ビジネスを始める。こうして、「チャップリン人形」 「チャップリン歯磨き」 「チャップリン・マッチ」 など、おびただしい数のキャラクター商品が誕生した。面白いところでは、「チャップリン印のイースター・エッグ」 なるものもある。チャップリン家の資料庫に現在も残るその型紙には、「シドニー・チャップリン氏の許可のもとに」 との一言が添えられている。
 普段は物静かでまじめな弟とは違って、シドニーは陽気そのものだった。チャップリンの子供たちの証言によると、晩年も弟の家にやってきては、まだ幼い甥っ子たちに卑猥な冗談を教えて、父チャップリンの前で披露するようにけしかける。何も知らない子供たちは、言われた通りにする。まもなく、「誰がそんなものを教えたのだ! 今後この家でそんなことを言うな!」 というまじめな弟の怒鳴り声が家中に響き渡るのを聞きながら、知らんぷりしているという、イタズラ好きの兄だったそうだ。こんな対照的な兄弟で、芸術性とビジネスとを両立させたかと思うと、興味深い。
 チャップリンは兄のことを頼りにしており、ワンマンの天才が唯一言うことを聞く存在が兄シドニーだった。実際、ギャグやアイディアに悩んだとき、「兄さん、すぐに会いたい、何かアイディアはない?」 などという電報を打って助けを求めている。
 
 そんな兄が施したアドヴァイスのなかで最も面白いのは 「チャップリン・アニメ化計画」 だ。
 1930年代に入り、映画はすっかりトーキー(発声) の時代になったが、なおもチャップリンはサイレント映画を作り続けていた。まわりのサイレント映画スターたちが没落するなか、チャップリンは特権的な人気を保ち続けていたが、それもいつまで続くかわからない。そこで兄は、当時の (それこそもともとはチャップリンに影響を受けた)アニメ映画に目を付けて、「弟よ、これからはアニメの時代だ」 とばかりに、チャップリンのキャラクターは実写で、背景や他の登場人物はアニメで描く作品はどうだ、と提案している。さすがはやり手のビジネスマンの発想だ。現代的な感覚にも通じる面白いアイディアではないか。実現していたら、たしかに大ヒットを記録していただろう。
 しかし、このときばかりはチャップリンは兄の言うことを聞かなかった。彼はアニメではなく、機械文明を痛烈に批判する 『モダン・タイムス』 を製作した。機械が人を幸福にすると信じられた1936年に公開された本作は、当時あまりヒットせず、観客には理解されなかった。しかし、公開から70年以上たったいま、『モダン・タイムス』 が描いた状況は現実のものとなり、この作品は新しいインパクトを与え続けている。
 天才は、単純に 「天才がなすべきこと」 を知っていた。もちろん、それが 「アニメとのコラボ」 などといういかにも 「時流に乗った」 発想よりも、結果的に巨大な利益を社会にもたらすビジネスとなったことは言うまでもない。
 
 
 

 執筆者プロフィール 

大野裕之 Ono Hiroyuki

脚本家/日本チャップリン協会会長/劇団「とっても便利」作曲・脚本・演出担当

 経 歴 

1974年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。専攻は映画・演劇学、英米文化史。チャップリンの未公開NGフィルムをすべて見た世界で三人のうちの一人。チャップリン家の信頼もあつく、研究者として国際的に活動。著書に『チャップリン再入門』『チャップリン・未公開NGフィルムの全貌』(いずれもNHK出版)、『チャップリンの影~日本人秘書・高野虎市~』(講談社)など。他にミュージカル劇団「とっても便利」の作曲・脚本・演出家として、『美しい人』(アリス賞受賞)、『ミュージカル・スターは夢を見る・・・』などの作品を発表。2008年には新歌舞伎座・御園座で松井誠特別公演の演出を手がけるなど多彩な活動を展開している。2007年にイタリアのポルデノーネ国際映画祭特別賞受賞。

 テレビ出演等 

『知るを楽しむ ~チャップリン なぜ世界中が笑えるか~』(NHK)/『徹子の部屋』(テレビ朝日)/NHKラジオ第一放送『ラジオビタミン』レギュラーゲスト出演中

 オフィシャルホームページ 

http://www.tottemobenri.com とっても便利

http://chaplinjapan.com 日本チャップリン協会

http://ameblo.jp/onohiroyuki/ 大野裕之オフィシャル・ブログ「大野裕之・不完全版」