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ビジネスコラム 経験的ノウハウと専門的知識、そして専門家だからこその独創的な視点。月ごとのテーマに即した特集の他、各分野のエキスパートが、ビジネスに活用できる「知」と新たな視野を提案します。

脚本家/日本チャップリン協会会長 大野裕之 第2回

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 前回冒頭にあげた 『経済解決論』 は、チャップリンの世界旅行の途中に執筆された。この世界旅行は、1931年2月から32年6月まで、約1年半に及ぶ漫遊の旅となったわけだが、これは世界史的に言えば大恐慌のあとファシズムの勃興しつつある時期であり、映画史的には無声映画からトーキー映画へと移り変わる時期にあたる。まさに激動の世界を見聞したこの旅行の途中で、チャップリンはマクドナルド英国首相にチャーチルやレイディー・アスター (英国初の女性国会議員) などの政治家から、バーナード・ショーやH・G・ウェルズなどの文化人、さらにはアインシュタインやガンディーなど時の人と語り合い、意見を交換した。
 
 この人選はなかなか面白い。マクドナルドはイギリス史上初の労働党出身の首相である。チャーチルは筋金入りの保守主義者だ。チャーチルとレイディー・アスターも思想的に相容れない 〔 レイディー・アスター :「もしあなたが私の夫でしたら、コーヒーに毒をいれますわ」。チャーチル :「もしあなたが私の妻だったら、飲んでしまうでしょうな」。小林章夫著 『イギリス紳士のユーモア』 (講談社学術文庫)〕。
 文化人はともかく、アインシュタインと会いにベルリンまで行ったというのも興味深い。というのも、今でこそ歴史上の偉人たるアインシュタインも、この頃はひとときのノーベル賞受賞時のブームも落ち着いており、必ずしも大衆的なスターではなかった。チャップリンが、数多くいる物理学者の中から、アインシュタインを選んで対談したことは、後にこの理論家が平和運動に身を挺することを思うと興味深い。また、ロンドンで会談したガンディーとは、機械文明をめぐって議論を交わした。このときは機械も使い方によって人を幸せにすると唱えたチャップリンと、インドの現実からあくまで機械化に反対するガンディーとでは意見があわなかった。しかし、この会談は大きなインパクトを与えたようで、帰国後、チャップリンは機械文明を痛烈に批判する 『モダン・タイムス』 を製作している。
 
 この世界旅行の途中、イタリアではムッソリーニとの会談を希望したがかなわず、最終目的地として訪れた日本では、5.15事件の標的とされた*ことで、欧州と日本のファシズムの萌芽を目の当たりにした。命が狙われたにもかかわらず、チャップリンは日本に半月以上滞在して、歌舞伎や能などの伝統芸能に触れた他、刑務所を見学して異国の裏側までを知ろうとつとめた。
*当初海軍将校たちは、犬養毅首相とともに、チャップリンを暗殺しようと企てていた。詳しくは拙著 『チャップリン暗殺』(メディアファクトリー) をご覧ください。
 
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チャップリンとアインシュタイン。1931年 『街の灯』 のプレミア上映で。
 こうしてみると、チャップリンの 「映画スター」 らしからぬ独特のセンスが見えてくる。時のオピニオン・リーダーたち――― それも意見の異なる政治家、必ずしもスターではなかった学者など様々な人々――― と意見を交わし、危険な目にあってまで見聞を広め、刑務所にまで行って社会の現実を見る (スターと呼ばれる人が、各国で刑務所を訪問するだろうか? ちなみに、チャップリンの刑務所訪問はただの慰問ではなく、その興味の対象は犯罪の種類別割合など、かなり細かい部分に渡っていた。能・歌舞伎など美しい伝統と同時に社会の暗部に関心も寄せたチャップリンはやはりリアリストだ)。
 
 当時、傑作 『街の灯』 を製作し、名声と人気の絶頂にあったチャップリンが、しかしその立場に安住せず1年半にも渡って世界の現実を観察したこの好奇心と行動力に、彼が一流の経済学者たる一つ目の理由があるのかも知れない。
 
 しかし、あちこち旅行して人と喋れば経済の未来が見通せるかと言えば、そんな単純な話でもあるまい。次回は、その商魂のルーツに迫ることにしよう。
 
 
 

 執筆者プロフィール 

大野裕之 Ono Hiroyuki

脚本家/日本チャップリン協会会長/劇団「とっても便利」作曲・脚本・演出担当

 経 歴 

1974年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。専攻は映画・演劇学、英米文化史。チャップリンの未公開NGフィルムをすべて見た世界で三人のうちの一人。チャップリン家の信頼もあつく、研究者として国際的に活動。著書に『チャップリン再入門』『チャップリン・未公開NGフィルムの全貌』(いずれもNHK出版)、『チャップリンの影~日本人秘書・高野虎市~』(講談社)など。他にミュージカル劇団「とっても便利」の作曲・脚本・演出家として、『美しい人』(アリス賞受賞)、『ミュージカル・スターは夢を見る・・・』などの作品を発表。2008年には新歌舞伎座・御園座で松井誠特別公演の演出を手がけるなど多彩な活動を展開している。2007年にイタリアのポルデノーネ国際映画祭特別賞受賞。

 テレビ出演等 

『知るを楽しむ ~チャップリン なぜ世界中が笑えるか~』(NHK)/『徹子の部屋』(テレビ朝日)/NHKラジオ第一放送『ラジオビタミン』レギュラーゲスト

 オフィシャルホームページ 

http://www.tottemobenri.com とっても便利

http://chaplinjapan.com 日本チャップリン協会

http://ameblo.jp/onohiroyuki/ 大野裕之オフィシャル・ブログ「大野裕之・不完全版」