経営者として日々社員の育成に心を砕いている読者の皆さんには、1995年に出版された『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』(日経BP出版センター刊、ジェームズ・C・コリンズ&ジェリー・I・ポラス著)を覚えている人が多いでしょう。発売後10年以上が経ち、掲載された企業の一部が凋落の兆しを見せるなど、現在、同書は必ずしも絶対的な成長企業の指針とは言えなくなっています。しかし、この本にこめられた「トップのリーダーシップだけで組織をまわすカリスマ経営とは対極にある組織作りをすべし」という大胆なメッセージは、今も色褪せることなく、私たちに新鮮な気づきを与えてくれます。
今回の連載コラムでは、そのメッセージを実践して培ってきた私のノウハウを中心に、「社員の成長をうながす企業の作り方」について紹介していきます。
“ビジョナリーカンパニー”で「業績が上がる」理由
ビジョンは成功を引き寄せます。それはなぜなのでしょうか?それには2つの理由があるのです。
1つは、明確なビジョンを持つことにより「選択的知覚」が働き、有効な情報が次々と脳にインプットされる、つまり「ビジョンに関しての高度なアンテナ」が頭の上にピコン!と立つからです。
世の中の情報量は膨大であり、その全てを脳にインプットし処理しても、オーバーフローを起こしてしまうと言われています。そこで、私たちの脳が防衛的に行っているのが、「選択的知覚」。つまり、私たちは自分が興味ある情報だけを脳にインプットし、興味が無い情報は意図的に脳に取り込まず捨てている、というのです。ただ情報に触れただけでそれを取り込みも活かしもしない人と、情報を主体的に取り込み、それを活かす人の間には、圧倒的な差がついていく。そのアンテナを立てる行為こそが、「明確なビジョンを持つ」ということなのです。
2つ目のビジョンの働きは、私たちの仕事に対して明確な「意味づけ」を行い、その結果「辛さが消え」、仕事が「喜びに変わる」というものです。
皆さんは、ピーター・F・ドラッカーが語った有名な「レンガ積みの話」をご存じでしょうか? レンガを積み上げている2人の男に対して、「あなたは何をしているのですか?」と問うたところ、それぞれが違う反応をしました。1人目の男は、「見ての通りレンガを積んでいる」とつまらなそうな素振りで答え、2人目の男は、「大聖堂を作っているんだ」と活き活きした笑顔で語ったというのです。
これぞまさに、仕事の「意味づけ」であり、辛さの象徴であるドクロマークを心の中から消し去り、喜びという天使マークへ変える秘訣です。仕事をするうえでの明確なビジョンが、レンガ職人へ夢とやりがいという意味を与え、「ドクロ」を「天使」へと変えたのです。
“ビジョナリーカンパニー”で「人が育つ」理由
「理念で人が育つメカニズム」を語る際に、認知的不協和を抜きにすることはできません。認知的不協和とは、「認知している2つの事柄の間に一貫性が無い状態の時に発生する不愉快な心象」を指します。
例えば「私はスリムで美しい体型でありたい」と思っているにも関わらず、目標体重を大きくオーバーしている状態だと、不愉快な感情が起こる、というものです。そして、この不快な状態を解消するために、人は大きく分けて2種類のアプローチを取ります。
1つは、ふがいない自分を悔い改めるべく行動を起こす、というものです。つまり「自責」のアプローチです。「自責」とは、問題の原因が自分にあると考え、自らの行動を変えることで問題を解決しようとする姿勢を指します。
この姿勢でものごとに取り組む時に、人は成長し変化することができます。先のケースで言えば、ダイエットが成功し理想の体型を手に入れることができるようになるのです。
もう1つのアプローチは、あるべき姿の目標自体を否定することにより、自己正当化する、という方法、すなわち「他責」のアプローチです。「他責」とは、問題の原因が相手にあると考え、相手を変えることで問題を解決しようとする姿勢を指します。
この姿勢でいる限り、人は成長することも変化することもできません。先のケースで言えば、「目標自体に無理がある」「ダイエットは健康に良くない」「今は無理せず来年また考えよう」という風に、目標自体を否定することで不快な感情を解消しようとするものです。当然のことながら、目標は達成できません。
小倉広




